「『神様なんかくそくらえ』は、人間がどのように葛藤して生きているかをとことん描いている。それがとても心に響きました」――ジェームズ・ガン審査委員長
ジャンキーとして生きる若者の姿をリアルに描いた『神様なんかくそくらえ』が、東京グランプリと最優秀監督賞をダブル受賞。またコンペティションに唯一参加の日本映画『紙の月』も観客賞と最優秀女優賞のダブル受賞となり、話題沸騰のうちに幕を閉じた第27回東京国際映画祭。コンペティションで上映された合計15本の作品のなかから各受賞作を選んだ審査委員長ジェームズ・ガン氏(映画監督)に選考のプロセスなどを伺った。
――『神様なんかくそくらえ』をグランプリに選んだ理由と、選考過程を教えてください。
ジェームズ・ガン審査委員長(以下、審査委員長):私としては、つねに映画で何を観たいかといえば「どれだけ巧みに物語を語っているか」ということです。最近の映画界を見ると莫大なバジェットの作品は、ストーリーがなくてひたすら爆破シーンがあるだけ。スペシャルエフェクトの技を競っているかのような作品ばかりです。また一方のインディペンデント作品はというと、ストーリーよりも映像の一つひとつ、一瞬一瞬にこだわりすぎて芸術作品になりすぎている。つまり大作でもインディペンデントでも、キャラクターがドラマティックにどのように物語を語っていくか、そこが希薄になっている気がするのです。だからこそ、ちゃんと物語を語る作品に出合いたい。グランプリを受賞した『神様なんかくそくらえ』は、本当の意味で人間がどのように葛藤して生きているかをとことん描いている。それがとても心に響きました。
――東京グランプリと最優秀監督賞のダブル受賞について、審査委員たちの議論はありましたか?
審査委員長:議論はありませんでした。今回の審査委員のなかで、監督でない方はひとりだけ。あとはみんな監督です。監督というのは、本当に良い作品というのはやはり監督の腕で決まると思っています。私が時々嫌な気分になるのは、アカデミー賞の授賞式で作品賞と監督賞が別になる時なんですね(笑)。ですから今回、グランプリと監督賞を同じ作品が受賞したのは当然の選択。異議もありませんでした。
――『紙の月』も最優秀女優賞と観客賞をダブル受賞しました。女優賞の選考基準を教えてください。
審査委員長:宮沢りえさんの演技はファンタスティックでした。映画もとても気に入って、グランプリでもいいんじゃないかという意見もあったくらいです。思うにりえさんの演技が映画をより良いものにしている。そういう意味で、女優賞にふさわしいと思いました。そのほか審査員特別賞を受賞した『ザ・レッスン/授業の代償』のマルギタ・ゴシェヴァも素晴らしかった。『草原の実験』もとても良い演技を披露してくれたのですが…。とにかくこのふたりの女優さんがずば抜けていましたね。
――審査委員長としての立場ではなく、ひとりの監督として刺激を受けた作品はありますか?
審査委員長:それぞれの監督が、とても情熱を持って作った作品が揃っているのは言うまでもありません。ただ、そのなかの数本はちょっと長過ぎた。もう少し短くすると、観客に対して親切かなという意見はありました。
個人的は、『壊れた心』が好きでした。全体的に好みかと問われればそうではないのですけど(笑)。とにかく瞬間、瞬間のクレイジーなエピソードを、リスクを顧みずに撮っていて良いなと。所々で私の心がぶっ飛びました(笑)。『草原の実験』にも大きな刺激を受けましたし、『ザ・レッスン/授業の代償』の最後の場面は、映画祭で上映された全部の作品のなかでいちばん心がグッとくるものだったと思うし。『来るべき日々』の最後の葬式のシーンもすごかったなぁ…。とにかく、とても刺激を受けて、監督として今度の自分の作品に使えるアイディアとか、盗みとれるようなものはあるか、という気持ちでも観ていました。監督の性ですね(笑)。
――自分の作った作品が賞の対象になる時もある。そういう監督の立場でありながら他の人の作品を選ぶというのは、そもそも楽しい作業でしたか?
審査委員長:これまで何度か審査委員を務めたことがありますが、審査委員長というのは初めての経験でした。こういう立場を拝命した時に何がいちばん良いかというと、本当に映画を愛して作ったその人に賞を渡せるという喜びです。ですから賞を与える作品を審議するのではなく「本当にこの人に与えたい!」、そう思える人との出会いを楽しむのです。僕にとって今回の東京国際映画祭のハイライトは、『神様なんかくそくらえ』のふたりの監督が本当に喜んでいるその姿を見ていることでした。
――東京国際映画祭は、若い監督たちが世界に出て行くためのステップという役割を果たせているでしょうか?
審査委員長:この映画祭で賞を受賞したということは、映画を作る人たちにとって大きな将来、先への道を開くためのひとつのステップとなることは間違いありません。たとえば自分がプロデューサーであった時に、監督の経歴を見て「東京国際映画祭グランプリ受賞」とあれば大きなメリットとなります。もっとも、この映画祭で受賞したから、参加できたからといって次の作品も素晴らしい作品が作れるかどうかはわかりませんが。それは個人の努力の問題ですから。それでも、仕事に対して大きくプラスになってくるとは思います。
取材/構成:金子裕子(日本映画ペンクラブ)