「タイという国家の転換期に重ねて、人生のターニング・ポイントを描きたかった」―─
リー・チャータメーティクン(監督/脚本/編集・右)、プラウィット・ハンステン(俳優・左)
作品詳細
タイ特集に選出された8作品のなかで、彼の国の映画の新しい傾向を示す一作となるのが『コンクリートの雲』だ。アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の『ブンミおじさんの森』やアーティット・アッサラット監督の『ハイソ』を編集したリー・チャータメーティクンが初めてメガフォンをとった本作は、体を張ったアクションやお笑い、ノスタルジーとも無縁なシリアスドラマ。フランスや日本のヌーベルバーグに連なる作風が目指されている点でも注目に値する。取材では柔和な声のなかに自信を潜ませる監督と、まだ初々しいプラウィット・ハンステンさんの姿が印象的だった。
──映画は1990年代後半のアジア金融危機がタイにもたらした災禍を描いています。監督にとって経済破綻はどんな体験だったのでしょう。
リー・チャータメーティクン監督(以下、チャータメーティクン):私は当時アメリカに留学していたので、それほどひどい影響を受けていません。でもたまたまこの時期に帰国したことがあって、時代の禍々しい空気をよく覚えています。建築中のまま放置されたビルがいくつもあって、かつてホコリだらけだった車道には車が1台も走っていませんでした。そして、この先どうすればいいのか迷う人々がいた。当時見た光景や感じたことを鮮烈に覚えています。
──初めて監督されるにあたって留意されたことはありますか?
チャータメーティクン:今回の作品では、自分がかつて作った短編映画で用いたスタイルを流用しました。音楽とプロットを交差させながら描くというものです。
──作中、ミュージックビデオが4本インサートされますが、プラウィットさん扮するニックと若い恋人が出演する映像もあって、ただのビデオクリップではなさそうですね。
チャータメーティクン:作品に流れるミュージックビデオはすべて映画のために作ったオリジナルです。ミュージックビデオでバブル時代の雰囲気を再現しようとしました。おっしゃるように、ニックと若い恋人が登場するふたつのビデオではそうした雰囲気とともに、あどけないふたりの恋が次第に失望に変わる状況を描いています。
──バブル期の日本と大変雰囲気が似ているのでびっくりしました。
チャータメーティクン:クリップはすべて当時作られたビデオや時代状況を調べて、絵コンテを作りました。バブルの雰囲気を忠実に再現したので、実際に当時撮られたビデオと誤解する人がいるかもしれませんね(笑)。
──バブル崩壊の話をふたりの兄弟を通して描こうとしたのはなぜでしょう?
チャータメーティクン:タイという国家の転換期に重ねて、人生のターニング・ポイントを描きたかったのです。兄弟はマットが30歳、ニックは18歳という設定です。バブルがふたりにもたらす状況はまるで違っていて、18歳のニックにはまだ選択肢がいくつもあって未来がある。けれど30歳のマットには選択の幅が狭まり、過去を取り戻したいという願いも叶わない。兄弟の存在を通して、そうした違いを描こうとしました。
──物語は兄マットと元カノのサーイが主軸に据えられています。この作品が面白いのは、最後に、それまでの物語とは一線を画したパラレルワールドが展開されるところにあります。このナラティブの変化には、ある種のフランス映画の影響が感じられます。
チャータメーティクン:フランス映画の影響は確かに受けていると思います。クリス・マルケル、ゴダール、アラン・レネなど特に好きです。でも実は日本の大島渚監督のことも大好きでスタイル的な影響を受けています。
──ニック役のプラウィットさんは当時幼かったかもしれませんが、バブルが崩壊した日のことを覚えていますか?
プラウィット・ハンステン:記憶の片隅に残っています。ぼくの家族も影響を被りました。いま18歳で当時はほんの子どもでしたが、周囲の雰囲気が一変したのを何となく覚えています。
──プラウィットさんは青春映画に出てもおかしくないイケメンですが、映画にはもう何本も出ているのですか?
プラウィット・ハンステン:ぼくはもともと音楽をやっていて、今回初めて映画に出演しました。今後の予定はまだありませんが、撮影が楽しかったのでぜひまた出たいです。
──監督はアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の編集マンとして日本では知られています。今回はアピチャッポンさんとは違うタイプの作品を作ることになって何かアドバイスはありましたか?
チャータメーティクン: アピチャッポン監督の作品を何本か編集していますし、その他にもいろんな監督の作品を編集してきました。アピチャッポンさんからは、全体の脚本と撮影の進め方についてアドバイスをもらいました。なかでもいちばん役に立ったのは、苦労して撮ったシーンでも良くなければバッサリ捨てろと言われたことです。細かいことは気にせず何でも実験していいんだと言われて、とても気が楽になりました。
取材/構成:赤塚成人(編集者)