Home > ニュース > 「ミャンマーの文化、ミャンマーの伝統的な音楽などがたくさん詰まっています」ワールド・フォーカス『柔らかいステップ』-10/25(土):Q&A
ニュース一覧へ 前のページへ戻る
2014.10.30
[イベントレポート]
「ミャンマーの文化、ミャンマーの伝統的な音楽などがたくさん詰まっています」ワールド・フォーカス『柔らかいステップ』-10/25(土):Q&A

 
step

©2014 TIFF

10/25(土)、ワールド・フォーカス『柔らかいステップ』の上映後、マウン・ワナ監督のご子息、オッカーさんのQ&Aが行われました。
作品詳細
 
 
石坂PD:ミャンマー作品、当時はビルマという国名でしたけれども、ミャンマー映画は東京国際映画祭では初めてになります。監督が3年前にお亡くなりになって、今日お招きしたのは監督の息子さんのオッカーさんです。オッカーさんも映画監督ということですので、映画関係のお話もいろいろお伺いしたいと思います。ようこそ東京国際映画祭へいらしていただき、ありがとうございます。
 
オッカーさん:私の名前はオッカーです。私は日本にこのように来られて嬉しいです。私は父の作品をサポート、プレゼンテーションするために、ここにやって参りました。この映画を、父は1973年に撮影しました。この映画は父の2番目の作品です。この映画に出演している皆さま、俳優、女優さん以外は、ミャンマーのエキストラの人たちで、役者ではない人が参加しています。この映画を制作するために、私の父は、この劇団と一緒に1年以上過ごしながら研究してまいりました。この映画に出演している楽団長は、ミャンマーのアーティストで、漫画家です。1970年代は、劇団の人たちはミャンマーの映画を作ることをあまり許していませんでした。なぜなら、映画を作ると劇団にお客さんが入らなくなるのが心配だからです。こんな困難がある中で、父は、皆さんの許しをもらってこの映画を制作してまいりました。なので、この映画でしかミャンマーの伝統的な音楽やオーケストラを見ることができません。
step2

©2014 TIFF

 
石坂PD:お父上はミャンマーで20本ほど映画を作られた巨匠でいらっしゃいますが、オッカーさんはお父さんの映画作りに参加されたり、そういうことを小さい頃からされていたのでしょうか?
 
オッカーさん:私は小さい時、父の映画に子役として1回出演したことがあります。現在、私は色々なドキュメンタリー映画や、ショートストーリーや、フィーチャーストーリーを作ろうとしています。
 
石坂PD:ミャンマーの古い映画が少しずつこういう風にデジタルで蘇ってくる動きがでてきていますが、映画の黄金時代といいますか、いろいろな資料を見てますと、かなり昔、昔といっても戦後くらいに、いろいろ映画が盛んな時期があったと聞きました。そのあたりを教えていただければと。
 
オッカーさん:ミャンマーの映画が始まったのはすごく早い時期で、1926年頃から始まっていると思います。第二次世界大戦が始まる前からミャンマーでは映画が盛んにとられていました。ミャンマーにはずっと昔からいろんな良い映画がたくさんあるのに、フィルムの保存状態があまり良くないので、かなり壊れています。
 
石坂PD:このような上映の経緯を申し上げますと、ベルリンの映画の学校の先生が、ヤンゴンの方の映画の学校に教えに行く機会があったそうで、その時にボロボロのフィルムでこの作品を見つけたそうです。見つけたというか、あちらの方に見せてもらったと。これは是非ドイツで直したいということで、ドイツに一旦フィルムを預けて、そこでデジタル化がされまして、今の状態になったという。お披露目はさる2月のベルリン映画祭だったんですけれども、そこから東京にやってきたと、そういう経緯でございます。
 
オッカーさん:おっしゃる通りで、ミャンマーの映画の保存状態は非常に悪いので、この映画も35mmのフィルムが壊れてしまったので自分たちは持っていませんが、ミャンマーの国営放送のテレビ局がこの古いフィルムをデジタル化して保存してまして、この映画が出てきたのです。できる限り家にあるものは私自身がちゃんと保存してメンテナンスをしていこうと思います。
 
石坂PD:マウン・ワナ監督の映画作品は何本くらいありますか。また、いい状態で保存されている作品は何作品あるのか教えてください。
 
オッカーさん:父の作品は全部で20本くらいあります。ビデオが10本、ショートストーリを10本作りました。いい状態で保存しているのは最初の映画と、最後の映画、あとちゃんといい状態で少し残っているのは8本くらいだと思います。
 
石坂PD:マウン・ワナ監督は何かミャンマーで映画の賞をとっていましたか?
 
オッカーさん:父はアカデミー賞を2つとっています。ミャンマー国内で賞をとりました。一つ言わなければいけないのは、私の父はライターでもありました。ライターとしても作家としても賞をたくさんもらっています。
 
石坂PD:マウン・ワナ監督はミャンマーではとても影響力の強い監督でして、この映画はなぜ国際映画祭に出品されたのか、選ばれた理由と、また、出品に関してミャンマーから日本に来られて、家族としてどう思われているか教えてください。
 
オッカーさん:私は日本で上映されてとてもうれしく思います。この作品が選ばれた理由はミャンマーの文化、ミャンマーの伝統的な音楽などがたくさん詰まっている映画だからだと思います。
 
Q:映画の中に出てきた小道具についてお聞きしたいのですが、主人公がヒロインにプロポーズをしたときにプレゼントした、金の腕輪、アクセサリーのようなものは何でしょうか?
 
オッカーさん:アクセサリーは劇団の象徴の一つの龍の絵のアクセサリーです。サイワイ(?)といいまして、ミャンマーの楽団の、団のところの下に大きい太鼓が飾られているのですけど、そこの上に龍の銅像があるんですね。金ぴかの。その当時はミャンマーではそういう小さいものを見るものがないので、見れなかったと思うのですけれども、すごく素晴らしいアクセサリーです。
 
Q:細かい彫刻が本当はある、ということですね
 
オッカーさん:そうです。
 
Q:あれはブレスレットだったのでしょうか?
 
オッカーさん:ペンダントです。
 
Q:すごく踊りが印象的だったんですけれども、題名にある『柔らかいステップ』というところから神様に捧げる踊りという印象をうけましたが、どういうイメージで作られたダンスなのか教えてほしいというのが1つと、お父様から作品を作る上で影響を受けているものや、大切にしているものがあれば教えてほしいです。
 
オッカーさん:ミャンマーで1970年代から、ミャンマーの映画として、ストーリーを語るという映画が流行っていたんです。父は、そのストーリーテリングの映画を作りながら、(そういった映画がその頃ミャンマーで)流行ってきました。ミャンマーは楽団で劇などをやるのですけれども、その劇とかはミャンマーの伝統というよりもインドの影響を受けていると思います。インドの物語で「ラーマーヤーナー」という物語がありまして、そういった影響もうけてミャンマーの楽団の劇は作られています。ミャンマーの劇団の音楽作りや踊りには神様に捧げるものもあります。この映画で大切にしていた父の思いは、ミャンマーの伝統文化、そしてミャンマーの踊りや音楽、楽団の生活を皆さんにお伝えしたいという事です。それが、父が大事にしていた思い出だと思います。父は2011年、今から3年前に亡くなりました。
 
Q:お父様の影響で、映画作りで何か教えてもらったことなどは。
 
オッカーさん:難しいです。私は、ミャンマーの映画業界で一番好きな人が私の父です。ミャンマーには他にも優秀な監督さんがたくさんいます。父について言いたいのは、ミャンマーではライターでもありますので、表現力がとても豊かで、映画作りにもライターとしての自分のフィーリングを演出するのがうまいと思います。父の映画のワンシーンを見ると、父が本当に表現したかった感情や表現がすごく表れているので、いつもすごく感動します。それらが私に影響を与えてくれたと思います。
 
Q:ライターというのは作家ですか?脚本を書かれていた?
 
オッカーさん:作家として脚本も書きますし、ショートストーリーも書きますし、小説も恋愛物語も書きますし、旅行記も書きますし、色々なものを書きます。
 
Q:最後に一言コメントをいただきたいと思います。
 
オッカーさん:ありがとうございます。このように今日の上映に来ていただいて、みなさんに見ていただけて、とても嬉しく思います。これからもよろしくお願いします。

木下グループ 日本コカ・コーラ株式会社 キヤノン株式会社 株式会社WOWOW フィールズ株式会社 アウディジャパン株式会社 大和証券グループ ソニー株式会社 株式会社TASAKI ソニーPCL株式会社 株式会社ぐるなび カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社 松竹株式会社 東宝株式会社 東映株式会社 株式会社KADOKAWA 日活株式会社 森ビル株式会社 TOHOシネマズ株式会社 一般社団法人映画演劇文化協会 読売新聞 J-WAVE 株式会社ドワンゴ スカパーJSAT株式会社 THE WALL STREET JOURNAL テレビ朝日 LINE株式会社 BS日本映画専門チャンネル セイコーホールディングス株式会社 株式会社エアウィーヴ MHD モエ ヘネシー ディアジオ株式会社 CineGrid ゲッティ イメージズ ジャパン株式会社 株式会社クララオンライン
KEIRIN.JP本映画祭は、競輪の補助を受けて開催します。TIFF History
第26回 東京国際映画祭(2013年度)