10月25日(土)、コンペティション『紙の月』の上映後、吉田大八監督のQ&Aが行われました。
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Q:大画面で改めてご覧になっていかがでしたでしょうか。
吉田大八監督(以下、監督):ものすごく緊張しましたね。これだけ大きなスクリーンで観たことがなかったので、とても新鮮でした。
Q:あれだけ評判の良かった『桐島、部活やめるってよ』の作品の後に、『紙の月』を次回作にしようと思った決め手は何だったんでしょうか。
監督:出来るだけ『桐島、部活やめるってよ』とは違う作品をやろうと思っていた時に『紙の月』をやらないかというお話をいただきました。最初に原作の小説を読みながら、原作とは違うヒロインが逃げていく姿が頭の中にすごく育っていきました。その姿を映画にして吐き出したいと思い、今回選びました。
Q:2回の逃げていくシーンで非常に効果的に聖歌(あめのみつかいの)が使用されていますが、この聖歌に込めた監督の思いをお聞かせください。
監督:1回目に流れるのは中盤で梨花が光太にお金を渡し受け取った時に、一旦中学生時代の回想にいきます。当時彼女はカトリック系の学校で、ちょうどそのクリスマスの催し物で皆、キャンドルサービスで歌っています。もう1回は、最後のダンス。僕も中高、カトリック系の学校に行ってはいたのですが、あの歌についてもなんとなくクリスマスの歌と思って接してきました。大多数の日本人にとって”あめのみつかいの”という歌はクリスマスの時によく聞くというのが多いかと思います。話が少しずれますが、喫茶店のシーンで本当はクリスマスではなく年明けのシーンだったのですが、撮影当日に雪が降っていたのでそこでホワイトクリスマスのシーンに変更しました。それで“あめのみつかいの”を使用することになり、最後にも使用しました。撮影前に決まっていたわけではありませんでした。学生時代に主人公が聞いていた曲が、もう一度逃げる彼女にオーバーラップしていくというところには演出上の効果を与えました。もし気に入ってもらえたら嬉しいです。
Q:監督自身としましては、お金の価値観について宮沢りえさん演じる梅澤梨花、小林聡美さん演じる隅より子のどちらに共感しましたでしょうか。
監督:この映画を皆さんに観ていただくにあたって、最近共感という意味をよく考えています。もちろん自分の作品に魂を込めるという意味では、すべての登場人物に共感しているという言い方も出来ますが、厳密にいえば私は彼女たちを見ていたいという気持ちのほうが強かったです。できるだけしっかり見続けようと思いました。それは私が男性だということもあるからだとは思いますが、そういう思いで作っていました。
Q:原作との最も大きな違いは、小林聡美さんの存在です。原作にはないキャラクターを監督は作られたのですが、それはやはり二人の姿が欲しいということでイメージされたのですか。
監督:原作にいた登場人物がいなくなったことで、銀行の中で彼女を追い詰めたり、彼女の背中を追い詰めたりする、小林さんの役(隅より子)と大島さんの役(相川恵子)が出来ました。梨花という人間を観客の前で作り上げていかなければならないと思った時に二人の登場人物は必要なものでした。
Q:前作は、群像劇で時系列を組み替えたことが特徴的だったと思いますが『桐島・・』の助監督の方の話の中に、桐島が群像劇、そして時系列を組み替えていることが特徴的な作品で物凄い工夫が施してあったというのと、そのシーンに苦労したということを聞きました。
『紙の月』で工夫した所とか、苦労した所というのは、具体的に何かありますか?
監督:桐島の時のように、時系列でしたり、語り口の部分については、原作をお読みになった方は分かると思うのですが、彼女の昔の知り合いですとかが彼女との思い出を語ることによって、彼女の人物像を大きなものにしていのですね。原作の彼女の思い出を語る昔の知り合いというものをすべてなくして、その代わりに銀行の中の人間をもう少し書き込んでいくという。これは、脚本の早船さんが、すごくご苦労されてどんどん肉付けされていった所ですね。結局は彼女が何か行動を起こした時に、彼女が誰かと触れ合わなければいけないので。銀行の中で出来るだけ圧力を高めて、ラストまでどんどん圧力を高めていく中で、それをバーンと解き放とうという事で。そのようなプランで脚色していきました。そして、もう一つ苦労したところは、どのように横領するか。OBの方に取材しても、「こうすれば、横領できますよ。」というのはなかなか簡単には教えてくれないです(笑)。ですから、色々なスタッフがもしやるとしたらというお話を、結構色々な方法を伺って、それを組み合わせて出来たものが、手口やディティールです。大変でした。
Q:吉田監督の作品は、非常に女性にフォーカスした、例えばデビュー作の『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』だとか、『クヒオ大佐』とか、女性に関する映画が多いと思うのですけれど、空虚さを抱える女性を描き続けているというのを、ご自身の中でテーマを意識されているのかをお伺いしたいです。
監督:そうですね。よくそれはご指摘いただくことが多くて、この間もね、矢田部さんに「勘違いしている女の映画が多い」っていう言われ方をしましたけども、勘違いをしていたり、空虚……空虚って言うとそのまま少し収まりそうですけれど。収まるというか、僕の場合は空虚というか、その空っぽのところが真空っていうところまでいって、そこに何か乗り込んで、結局わりとハイジャクションの一つを起こしてしまうというパターンがもしかしたら多いのかもしれません。それは本当に昔から言われ続けていることで、ただ結局、突き詰めると自分が好きだからっていうことですね。いや、空虚な人が好きってわけじゃないんですよ、これはきっと。現実と自分が考えていることのギャップをテコにして、何か行動を起こす、世界をひっくり返そうとする女性が、女性なのは僕は男性だからそういう女性を見たいんだと思うんですけれど、結局そういうパターンにいつも気がつくといますね。
Q:宮沢さんのこともお伺いいたします。彼女との共同製作といいますか、どの程度監督は宮沢さんと役作りについてディスカッションなさったのか、あるいは宮沢さんがご自分で作られたのか、そのプロセスを教えていただけますか。
監督:彼女とは撮影前には一度顔合わせでご飯を食べたり、あとは衣装合わせとか、すごく実用的な時間しか持てなくて、実際に役についての打ち合わせというか、突っ込んだ話はしないまま撮影が始まったのですけれど。撮影が始まって2日目か3日目くらいに、僕がこの映画の脚本を作っている最中に、あるいは準備をしている最中に、ずっとセックス・ピストルズの『マイウェイ』っていう曲を聞いていたっていうのを誰かから彼女が聞いて、それを昨日ホテルで聞いたら全部わかったから、もう何も言わなくても大丈夫って言われて、ああそうなんだって思って。現場で彼女に言わせれば僕は細かい演出をしたらしいですけれど、映画のために全てね、さっき池松君も言ってましたけど、一切妥協なく、自分を映画に全部投げ込む気持ちを毎日感じていて、梨花が物語に沿ってどういう表情を見せるかっていうことは、結局はそこから先は彼女の仕事ですから、彼女は僕の期待に応えようとしてくれたし、僕の期待する以上のものを毎日彼女は見せてくれたっていう。撮影の間はそんな感じでしたね。
Q:何かが変わってしまうのではないか、というお話が2人が喫茶店にいる中で出てきますけれども、もちろん宮沢さんも変わったのですが、池松さんの演じる役の方が変わったんじゃないか。特に変わって、スイートルームではしゃいでいるシーンっていうのが一番テンションが高い時期だったんじゃないかって思うのでが、池松さんに対してどのような演出といいますか、注文を出されたのですか。
監督:池松さんと僕は二度目の仕事なんですけれども、池松君にもあまりこうしてって言ってないです、実はね。そうすると本当に何も仕事してない監督なんですけれども。とにかく池松君にも伝えたのは、宮沢さんのいい顔をどんどん引っ張り出してきてっていう。それでたぶん彼はもう全てわかって。シナリオに沿って、このときに自分がどういう顔をすれば、どういう風に言葉を投げかければ梨花から何が出てくるっていうことを探りながら、そこら辺は宮沢さんと池松君のセッションです。うまくいっているのを僕は見ながら、ああうまくいってるな、とか。たまにもうちょっとこうした方がいいかもねって言うくらいの感じで、すごく2人のやりとりっていうのは、2人とも本当に素晴らしい俳優だし、スリリングだったし、何回見ても飽きないっていう。そういうやりとりを現場で見ることができて、楽しかったです。
Q:タイでのロケシーンが短く感じました。あの長さになった理由を教えていただければと思います。
監督:そうですかね(笑)。確かに僕も人の映画を見ててずいぶん贅沢だなと思うかもしれませんけど。自分がやりたかったことっていう意味では、あの場面は実はもっと短かったんです。一番最適な長さというか、最適な内容を撮って帰ることしか考えてなかったので。意外といえば意外なご指摘ですけど。ちょっと考えてみます。プロデューサーに呼ばれているような気持ちになっちゃった(笑)。ありがとうございました。
Q:最後に一言いただければと思います。
監督:そうですね、女性が誰も質問をくださらなかったのが、私はすごく不安ですね(笑)。怒ってますか?大丈夫ですか?もちろん女性のためだけに作った映画ではないですから、主人公は女性だし、女性がどう感じたかっていうことはまた別の機会に聞かせていただければ。もし僕がこの辺をふらふら歩いていたら、ふといきなり後ろから声をかけていただいてもありがたいです。共感はしにくいかもしれないです。もしかしたら、さっきの話でいうと。あまりやさしい映画でもないと思いますが、しばらく持ち帰っていただいて、その感情をね。家でしばらく温めていただきたいと。そうすると、ちょっと時間が経ってからなんとなく染みてくることもあるんじゃないかなというつもりで作っている映画なので。またどこかでお会いしたいと思います。どうもありがとうございました。