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2013.07.10
[インタビュー]
連載企画第6回:【映画祭の重鎮が語る、リアルな映画祭史!】-番外編

東京国際映画祭事務局 作品チーム・アドバイザー 森岡道夫さんロングインタビュー
 
第6回 番外編 人は世につれ、世は人につれ
 
 
──これまで第1回(1985)から第11回(1998)にいたる東京国際映画祭の歴史を伺ってきました。隔年開催から通年開催へ(第4回・1991)、京都大会(第7回・1994)、10周年を迎えた第8回(1995)、『タイタニック』のワールド・プレミアが話題を呼んだ第10回(1997)、コンペティション部門の一本化(第11回・1998)と、ここまでのお話だけでも盛り沢山ですね。
森岡道夫(以下、森岡):最初は主要部門を外部に依頼して運営しましたが、徳間(康快)GPのもとで事務局体制を確立してからは、通年開催を実現させてきました。想定外の出来事が起きても、その都度、最善の道を求めてきました。コンペの一本化は、経済情勢の悪化と新人監督の台頭という時代の流れから見れば必然だったと思います。
 
──聞き忘れましたが、隔年開催から通年開催へという流れはどんな理由でなされたのでしょう?
森岡:多くの映画祭は毎年開催されるのに、隔年では作品が集めにくいということがありました。それに協賛して下さる官公庁や民間企業からすれば、年度事業なら経費計上も容易です。隔年だとその都度、手続きしなければいけません。そんなこともあって、第3回(1989)が終わった頃にすんなり通年開催が決定しました。
上海国際映画祭(1993~)も最初は隔年でしたが、第6回(2002)から通年になりました。やはり、良い作品を集めて映画祭をアピールしようと思ったら、通年開催を目指すのが自然な流れです。昔、モスクワとタシュケントが交互に仲良く映画祭を開いてきましたが、当時は同じソビエト連邦でしたから国家としては通年開催になる。それがいまや、ロシアとウズベキスタンという隣国同士のフェスティバルとなりました。
 
──過去の映画祭公式プログラムを見ると、作品の製作国を記載していないものがありますが?
森岡:京都大会を挟んだ前後あたりがそうでした。1993年にヨーロッパでEUがスタートしてからは、人と金の流通が激しくなりました。映画界でも合作が増えて、著作権者が複数の国にいるケースが多くなった。一体どこまで掲載すべきか判断が難しくなりました。提出された書類を見ると5つや6つも国名が書いてあり、それでも足りなくて、さらに追加してくれと連絡が来たりする(笑)。
出資者の居住国、監督の出身国などいろんな要素が絡んで、どこの国とは一概に言えない作品が一気に増えたのです。だから東京だけでなくカンヌやヴェネチアでも、一時期は国名の記載を控えていました。
プログラム

©TIFF 歴代プログラム。下の歴代ポスター一覧との違いをお楽しみください。

 
──過去の映画祭のポスターを比べてみるのも面白いですね。最初は映画祭の名前を記したシンプルなデザインでしたが、そのうちキャッチフレーズが入ったり、漢字一文字がフィーチャーされたりと、いろんなパターンが登場します。近年では、緑の地球に「Action! for Earth」の文字をあしらったデザインが続きました。
森岡:ポスターなどの宣伝物には、その時々のトップの意見が反映されています。ニッポン放送の川内通康氏がGPだった時代(第14回・第15回)は、「東京国際映画祭」の文字をしっかり打ち出そうという事になりました。漢字を大きく載せることでトーキョーの存在をアピールする狙いでした。
その後、角川歴彦氏が就任されたとき、漢字だけでは中華圏との差別化が難しいと、「Mooovie!!」のOのロゴが並ぶデザインに変更されます。「Action! for Earth」は、第25回までチェアマンであった依田巽氏時代のスローガンで、第21回(2008)から緑の地球のデザインとともに映画祭のキャッチになったのです。
ポスター

©TIFF 歴代ポスター。左上から右への順で1回から25回まで。

 
──珍しいものでは、世に出なかったポスターもあるそうですね。
森岡:それは第4回のときですね。ミューズを模した女性にフィルムが巻き付いた斬新なポスターを作りましたが、これが当時の女性東京都副知事(1991~1995在任)に不評だったのです。もちろん、扇情的な表現を狙ったつもりはありません。映画祭は東京都の助成金で運営されていることもあり、内容を変更せざるを得なくなりました。それでヴィーナスの石膏像が喜怒哀楽を浮かべているポスターに変更されたのです。
4回ポスター

©1991 TIFF 森岡さん提供のお蔵入りポスター(左)と第4回ポスター。あなたの好みはどちら!?

 
──第4回は1991年開催ですから、ちょうど、樋口可南子や宮沢りえの写真集が発売された年です。事実上の「ヘア解禁」がなされた年の出来事ですね。
森岡:当時は性表現を押し広げようとする動きと、女性の差別をなくそうとする動きの双方がせめぎあって、いろんな出来事がありました。どちらも、欧米並みの文化レベルを持ちたいという人々の欲求の表れなのでしょう。
ベルリン国際映画祭で作品募集を呼びかける目的で1月に印刷物を制作していて、会期前のドタバタでなかったのは幸いでした(笑)。
 
──映画産業の主官庁である通産省(2001年に再編され経産省になった)の要請で始めた企画もあったそうですね?
森岡:第8回(1995)にスタートした「新人監督の製作活動のための支援」制度がそうです。若手監督の作品を公募し、各年度の選考委員(映画評論家の秋山登や映画監督の恩地日出夫らが歴任した)が選んだ作品の監督に、次回作のための資金を援助する制度です。受賞者には支援金を用いて製作した新作の提出が課せられました。そうして映画祭で上映したのです。
第12回(1999)まで5年間公募を行いました。初年度に受賞したのは是枝裕和監督(選出作『幻の光』)です。以後、井坂聡監督(第9回・選出作『Focus』)、諏訪敦彦監督(第10回・選出作『2/Duo』)、塩田明彦監督(第11回・選出作『月光の囁き』)と続いて、最後は山下敦弘監督(第12回・選出作『どんてん生活』)が受賞しました。
 
──皆さん、処女作ならではの意欲に満ちた作品が評価されたのでしょうね。制度を活用して一体どんな作品が生まれたのでしょう?
森岡:是枝監督の『ワンダフルライフ』(第11回上映)は私好みの良い作品でした(笑)。井坂監督は『破線のマリス』(第12回上映)で、これもよく出来ていたと思います。塩田監督は『害虫』(第14回上映)、山下監督は『ばかのハコ船』(第15回上映)を作りました。
省庁再編から10年以上経った今になって白状すると、通産省の強力な要請で始めた制度なのに予算の増額はなく、運営面では大変苦労しました。各年度の予算に応じて支援額の変更を余儀なくされ、初回は4千万円を資金提供しましたが、最後には1千万円を捻出するのがやっとでした(苦笑)。
 
──でも山下監督は、大阪芸術大学の卒業製作作品での受賞という快挙です。大学を出たばかりの監督に1千万円は悪い額ではないはずです。
森岡:監督がそう思ってくれたら嬉しいなあ(笑)。汐留にあった徳間ビルで表彰式を開いたのですが、朝早く行くと汚い身なりをした2人組の男がシャッターの前で寝ています。誰かと思ったら、山下監督と脚本家の向井康介さんでした。夜行バスで上京して時間が余ったので社屋の前で休んでたんですね(笑)。いま山下監督は立派に大成して、向井さんも売れっ子の脚本家になった。当時は大変でしたけど、この制度の意義はあったのだなと思います。
 
──映画祭の母体となる財団法人東京国際映像文化振興会は、長らく瀬島隆三理事長、徳間GPで運営されてきたのですか?
森岡:そうです。そして、第9回(1996)を最後に瀬島隆三氏は勇退され、樋口廣太郎氏(アサヒビール会長・経団連副会長)が第2代理事長になりました(第10回・第11回)。その後、徳間さんがGPと兼任するかたちで、第3代理事長に就任されました(第12回・1999)。
 
──徳間康快さんは2000年9月に78歳で急逝されますね。
森岡:惜しいことに、第13回映画祭が開幕するひと月前に逝去されました。そこで会期終了まで、東映の岡田茂氏が理事長、石田敏彦氏(東宝11代目社長)がGPとなり、後任に当たりました。
 
──トップはこの後、いろんな方々が歴任されます。
森岡:理事長職は、第13回GPだった石田(敏彦)氏が務めた後、高井英幸氏(現・東宝相談役)が6代目に就任して現在に至っています(第16回~)。運営上のトップであるGP(のちにチェアマン、ディレクター・ゼネラルの順で役職名も変更される)は、川内(通康)氏が務めた後、2003年に角川(歴彦)氏が就任し、プログラミング・ディレクター(PD)制度の導入を始めとする改革に着手しました(第16回~第20回)。この後、依田(巽)氏が、グリーンカーペットを始めとする映画祭のカラーを築きました(第21回~第25回)。第26回を迎える本年は、新たに椎名保氏(角川書店相談役)が就任し、「作品重視・内容本位」の原点回帰を目指した映画祭を構想されています。
 
──これまで事務局で活躍された方々の変遷を確認しておきたいと思います。
森岡:事務局長のポストは、第1回~2回が水野政一さん(ニッポン放送)、第3回が村山光一さん(フジテレビ)、そして第4回から鈴木進さん(映連)が務め、第8回のときに堀江利行さん(東急レクリエーション)が引き継ぎました。堀江さんと私の二人で『タイタニック』の初号試写を観たことは、先回お話したとおりです(笑)。その後、鈴木隆さん(ニッポン放送)、境真良さん(経産省)、福田慶治さん(映連・映団連)を経て、2009年に都島信茂さん(東宝)が就任して現在に至っています(第20回~)。
作品部門に出向で来てくれたのは伊達幸隆さん(東映)と市山尚三さん(松竹)ですが、伊達さんはインターナショナル部門のコンペ選定を第6回まで務めた後、運営部へ移って、しばらく映画祭を支えてくれました(第4回~第8回在任)。伊達さんの後任の吉田啓昭さん(東映)は1年の前半を作品部、後半を運営部という二刀流で映画祭に寄与してくれました(第8回~第15回在任)。アジア秀作映画週間をシネマプリズムへ発展させた市山さんは、1998年の暮れに松竹を退社することになり、結果的にこの年で事務局を去りました(第4回~第11回在任)。しかし映画への情熱は留まることを知らず、2001年に東京フィルメックスを立ち上げてPDとして活躍する傍ら、ジャ・ジャンクー〔賈樟柯〕監督や舩橋淳監督のプロデューサーとして活躍しているのは周知のとおりです。
 
──お二人の後任はどんな方々が務めたのでしょう?
森岡:インターナショナル部門のコンペ選定は、世良田進二さん(松竹/第7回)、飯嶋洋深さん(日本ヘラルド映画/第8回)と続いて、私が2年携わったのを最後にヤングシネマ部門と一本化されます。コンペティションとなってからの作品選定は、第11回~第15回を私が務めた後、PD制度となり吉田佳代さん(現アスミック・エース/第16回・第17回)、映画評論家の田中千世子さん(第18回・第19回)を経て、現在の矢田部吉彦さん(第20回~)に至ります。
一方、市山(尚三)さんの後任は、桜井毅さん(松竹/第12回~第14回)、映画評論家の暉峻創三さん(第15~19回)と続いて、石坂健治さん(元・国際交流基金/第20回~)に至ります。アジア秀作映画週間(第3回~第9回)、シネマプリズム(第10回~第14回)、アジアの風(第15回~第25回)と名称は時代とともに変わり、今年は装いも新たに「アジアの未来」として再出発します。
 
──運営母体の財団法人にも変化があったそうですね?
森岡:東京国際映像文化振興会は、2005年に日本映画海外普及協会(ユニジャパン・フィルム)と統合されて日本映像国際振興協会(UNIJAPAN)となり、さらに2010年に公益財団法人ユニジャパンと名称変更されました。隔年開催の頃の常勤スタッフはほんの5~6名でしたが、通年開催となってからは次第に人数も増え、第18回(2005)には35名の主力スタッフがいました。
現在も、外部協力者やボランティアクルーを含めると、かなり大勢の人間が毎年映画祭のために働いています。縁の下で多くの人が支えてくれたおかげで、四半世紀も続けて来られたのです。
 
──規模が大きくなるにつれて、来場者も増えたのではありませんか?
森岡:『タイタニック』の第10回が14万人でした。角川氏がトップになってから、共催や提携の企画がこれまで以上に増えて、そのぶん来場者数も増えました。第20回(2005)では35万人が映画祭に来場されました。その後もおおむね数を伸ばし、現在では40万人以上が来場しています。
 
──第5回のとき入場料を改定しましたが、その後ずっと同じ料金で開催してきたのですか?
森岡:第11回になって前売りを800円から1,000円に、当日券を1,000円から1,200円に変更しました。入場料は各年度の予算が反映されますから、その後も改定を繰り返しています(苦笑)。現在は前売券、当日券ともに同一料金制度を採用し、部門ごとに1,000円~2,500円の価格帯を設けています。お得なスペシャルパスもあれば、前売券、当日券を500円で購入できる学生さんの優遇制度もあるので、ぜひ秋の映画祭に足を運んで頂ければと思います。
 
テレフォンカード

©1987,1989 TIFF こちらも森岡さん秘蔵の映画祭テレフォンカード。何と第2回開催時には3種類のカードが作成されました。

 
──有り難うございます。では次回は、第12回映画祭から再びお話を伺いたいと思います。
 

2013年3月中旬・5月下旬
 
取材 東京国際映画祭事務局宣伝広報制作チーム
インタビュー構成 赤塚成人

 
 
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第26回 東京国際映画祭(2013年度)