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2014.04.30
[インタビュー]
連載企画第10回:【映画祭の重鎮が語る、リアルな映画祭史!】-グリーンカーペットが築いた新時代(2008年から2010年)

東京国際映画祭事務局 作品チーム・アドバイザー 森岡道夫さんロングインタビュー
 
第10回 グリーンカーペットが築いた新時代(第21回2008年から第23回2010年TIFF)
 
地球環境保護や自然と人間の共生をテーマにした「natural TIFF」部門を創設
 
———2008年はアメリカでオバマ大統領が誕生した年です。サブプライム・ローン問題でアメリカの証券大手のリーマン・ブラザーズが経営破綻し、海外の株式市場にも大きな影響を及ぼしました。日本に大量の投機マネーが流れ込んで円高となり、景気後退のあおりを受けて大手メーカーは減産と従業員削減を余儀なくされました。
森岡道夫(以下、森岡):この年は景気後退にちなんだ暗い話題が目立ったけど、北京五輪では北島康介がアテネに続いて金メダルを獲得し、女子ソフトボールチームが優勝するなど、日本中が感動に湧きました。ノーベル賞物理学賞、化学賞で日本人が4名も受賞したことは門外漢の私にもうれしい出来事でした。
 
———北京五輪といえば、中国の映画人も大勢関わっていましたね。
森岡:開会式と閉会式のセレモニーを演出したのは、(高倉)健さんから「働き者の息子」と呼ばれたチャン・イーモウ監督でした。絵巻物や活字から着想を得た群舞は、さすがに目を見張るものがありましたね。衣装は日本の石岡瑛子さんで、スタイリッシュで斬新なデザインが鮮やかでした。閉会式では、ジャッキー・チェンをはじめとする中華圏のスターが出演して歌を披露しました。
 
———今のスマホの主流モデルとなったiPhoneが発売されたのもこの年でした。
森岡:携帯電話ができた頃には、これで動画を見たりチケットが購入できるようになるとは想像もできませんでした。時代の進歩には目を見張るものがありますね。
映画祭では最初、劇場やプレイガイドで販売していましたが、第15回(2002)にネットを使ったサービスを始めて、近年ではインターネットによるチケット購入が一般化しています。この第21回は平成でいえば20年です。この頃になると事務局では若いスタッフが第一線で活躍していて、私が語り部として話せることはだんだん限られてきています(笑)。
 
———森岡さんの目を通した映画祭ということで、貴重なお話を伺ってきました。ぜひ最後までお付き合い下さい!
森岡:いちばん長く在籍している人間として、映画祭の歴史をまとめているところなので、多少なりとも皆さんのお役に立てるのなら話を続けましょう。
 
————第21回は依田巽氏がチェアマンに就任された最初の年です。依田氏は映画配給会社GAGAの代表であり、風貌が似ていることから『スターウォーズ』のヨーダのモデルになったという噂のある御方です。
森岡:ジョージ・ルーカス監督が否定しているそうなので違うのでしょうが、面白がって「われらがヨーダ・チェアマン」と呼ぶスタッフもいました(笑)。角川チェアマンの治世が改革の時代だとしたら、依田チェアマンは、エコロジーを中心に今を見据えた時代というのが私の印象です。 
 
————映画祭としては「Action for Earth!」の旗印の下に環境保護を提唱し、グリーン電力の使用を実現させました。
森岡:風力や太陽光など自然力発電をしている会社と契約し、ポスターやチラシのメイン・カラーを緑に刷新しました。映画祭のカラーをわかりやすく一目瞭然とするという依田さんのアイデアは、作品・運営の両面で反映されました。「地球環境保護・自然と人間の共生」をテーマにした「natural TIFF」部門を設け、繊維メーカーの帝人に協力してもらい、使用済みペットボトルを再利用したグリーンカーペットを製作しました。レッドカーペットに代わるグリーンカーペットは、トーキョーのイメージを鮮明にしました。海外の映画人にも好評で、椎名DGとなった今も引き継がれています。
連載企画第10回

©2008 TIFF

 
————「natural TIFF」は依田チェアマンの時代を通じて開催されました。「TOYOTA Earth Grind Prix」という顕彰もなされましたね。
森岡:エコロジーを謳った世界最初の映画祭として、その象徴となるべく設立したのが「natural TIFF」でした。これは当時のメインスポンサーであるトヨタの協力で実現した部門であったため、正式名称を「natural TIFF supported by TOYOTA」としていました。「TOYOTA Earth Grind Prix」は、環境保護を題材にした優秀作に与えられる賞で、「natural TIFF」出品作および他部門の上映作を含めて審査されました。依田チェアマン、高野悦子さん(岩波ホール総支配人・東京国際女性映画祭ジェネラルプロデューサー、故人)、別所哲也さん(俳優・ショートショート・フィルムフェスティバル&アジア代表)、品田雄吉さん(映画評論家)らが審査委員を務めました。
 
————せっかくなので、ここで「TOYOTA Earth Grind Prix」の受賞作を振り返っておきましょうか?
森岡:第21回(08)受賞作がホセ・アントニオ・キロス監督『フェデリコ親父とサクラの木』(スペイン)。以下、第22回(09)はニコラ・ヴァニエ監督『WOLF 狼』(フランス)、第23回(10)はケヴィン・マクマホン監督『水の惑星 ウォーターライフ』(カナダ)、第24回(11)はカミーラ・アンディニ監督『鏡は嘘をつかない』(インドネシア)、第25回(12)はヴァレリー・ベルトー、フィリップ・ウィチュス共同監督による『聖者たちの食卓』(TIFFタイトル『聖者からの食事』)(ベルギー)でした。
テーマさえ相応しければ、フィクションでもノンフィクションでも受賞対象としており、『水の惑星』『聖者たちの食卓』はノンフィクション、その他の3本はフィクションでした。
 
————発電所周辺の健康被害、自然の厳しさ、生態系、温暖化、食の営みと題材も多岐にわたっていますね。結果的に、『鏡は嘘をつかない』が「アジアの風」出品作で、その他はすべて「natural TIFF」上映作から選出されています。
森岡:『鏡は嘘をつかない』はTIFFの常連監督、ガリン・ヌグロホの娘であるアンディニ監督の作品でした。ヌグロホは第7回(1994)のとき『天使の手紙』でヤングシネマコンペ部門・東京ゴールド賞を、第11回では「枕の上の葉」でコンペ部門・審査員特別賞を受賞しているので、親子2代の受賞となりました。
連載企画第10回  連載企画第10回

©2011 TIFF, ©2012 TIFF
受賞時のカミーラ・アンディニ監督(左)と第25回(2012)開催時の特集上映の際に登壇したガリン・ヌグロホ監督(右)

 
————さて、第20回(07)では多忙な角川チェアマンの代行として、黒井和男さんがゼネラルPDに招聘されました。21回からは矢田部PD(コンペ)、石坂PD(アジアの風)、都島PD(特別招待)が直接、依田チェアマンの決裁を仰ぐことになりましたね。コンペは15作品、特別招待作品19作品、アジアの風35作品を上映しました。まずコンペから振り返っていきたいと思います。
森岡:コンペでは、イエジー・スコリモフスキ監督17年ぶりの作品『アンナと過ごした四日間』(ポーランド・フランス)、ガリン・ヌグロホ監督の『アンダー・ザ・ツリー』(インドネシア)、『ラブソング』の脚本家アイヴィ・ホー〔岸西〕の初監督作『親密』(香港)などを上映しました。
 
————東京 サクラ グランプリを受賞したのは『トルパン』でした。これはドイツ、スイス、カザフスタン、ロシア、ポーランドの合作映画です。
森岡:セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ監督はカザフスタンの方です。山形国際ドキュメンタリー映画祭で作品が上映されたことがありましたが、いずれも1時間に満たない中編でした。『トルパン』は草原に住む遊牧民族の生活を長回しで描いた初長編作です。カンヌで〈ある視点賞〉、東京でグランプリを受賞し、その後開かれた第52回ロンドン映画祭ではサザーランド賞(新人監督賞)に輝きました。
 
————コンペの審査委員長を務めたのは、『帰郷』でアカデミー主演男優賞を受賞したジョン・ヴォイトでした。
森岡:この時の委員は、マイケル・グラスニコフ(プロデューサー/『ヤング・フランケンシュタイン』)、フォ・ジェンチイ(監督/『故郷の香り』)、セザール・シャローン(撮影/『ブラインドネス』)といった海外勢に、女優の檀ふみさん、脚本家の高田宏治さんでした。はからずもプロデューサー、監督、脚本、撮影、男優と女優が集まったことから、「みんなで映画が撮れるね」と笑いあっていました。ジョン・ヴォイトは受賞を逃したけれど好きな作品として、前田哲監督の『ブタがいた教室』、イランのベテラン、エブラヒム・フルゼシュ監督のおとぎ話風恋愛物語『ハムーンとダーリャ』、ドイツ人のアンドレアス・カネンギーサー監督がニカラグアで撮った『プラネット・カルロス』(ドイツ)の3本を挙げていました。『ブタがいた教室』はそれでも観客賞に輝きましたね。
連載企画第10回
連載企画第10回

©2008 TIFF
審査委員の皆さん(上)とハリウッドスターらしいサービス精神旺盛で審査委員長を務めたジョン・ヴォイトさん(下)

 
————「アジアの風」はベテラン、中堅、新人が激戦を繰り広げました。
森岡:アン・ホイ〔許鞍華〕監督の『生きていく日々』(香港)、『鬼が来た!』(00)でカンヌのグランプリを獲得したチアン・ウェン〔姜文〕監督の『陽もまた昇る』(中国)、「マレーシア新潮」を代表するヤスミン・アフマド監督の『ムアラフ 改心』などを上映しました。
 
————脱北者の問題を扱ったキム・テギュン〔金泰均〕監督の『クロッシング』、トム・リン〔林書宇〕監督の青春映画『九月に降る風』(TIFFタイトル『九月の風』)の上映は話題となり、いずれかが最優秀アジア映画賞を獲るのではと話題になりました。
森岡:実際に受賞したのは、トルコの新人監督フセイン・カラベイ監督『私のマーロンとブランド』でした。トルコ人の女優とクルド人俳優が恋に落ちる物語で、電話や手紙で愛を確かめていたところに、米軍のイラク北爆が始まり男性との連絡が途絶えてしまう。そこで女性が国境を越える旅に出るという物語です。実話に基づくストーリーで、主役の男女ともご本人が演じています。他の映画祭でも高評価を得た作品でした。
 
————7月に亡くなったユーセフ・シャヒーン監督を偲んで、『カイロ中央駅』の上映を行い、パレスチナの映画監督ラシード・マシャラーウィの特集上映を開催しました。
森岡:『カイロ中央駅』は1958年の作品です。これがベルリン映画祭のコンペに招かれて、シャヒーンは一躍世界に知られるようになりました。第10回のTIFFでは、ヤングシネマコンペ部門の審査委員長を務めていただきました。ラシード・マシャラーウィ監督はこのとき、奥様の女優アリーン・ウマリさんと来日されました。ウマリさんは2012年(第25回TIFF)のグランプリ作、『もうひとりの息子』で重要な役で出演されています。
連載企画第10回

©2008 TIFF
アリーン・ウマリさん(左)とラシード・マシャラーウィ監督(右)

 
————〈ディスカバー亜州電影〉として、キム・ギヨン〔金綺泳〕(1919-1998)の作品も上映されました。
森岡:第20回(07)で上映した『高麗葬』(1963)が好評だったため、今回は代表作『下女』(1960)を含む7作品を上映しました。『下女』はマーティン・スコセッシ監督のお気に入りで、自身の運営する財団が資金援助した復元版がカンヌで上映されました。今回はその復元版プリントを取り寄せて上映しました。翌第22回でも『玄界灘は知っている』が上映され、映画祭ではしばらくキム・ギヨン・ブームに湧きました。
 
————「日本映画・ある視点」は、市川準監督『buy a suit スーツを買う』が受賞しました。
森岡:市川監督は映画の編集を終えた9月に59歳で急逝され、10月の映画祭は追悼上映を兼ねた催しとなりました。プロの俳優を使わず、HDカメラで街の息づかいを切り取るように描いた中編で、これからの展望を予感させる内容でしたね。
 
————ニッポンシネマクラシックでは「不滅のスター 男優編」なる特集が組まれました。
森岡:『本日休診』(1952)を上映し、発作を起こす帰還兵を演じた三國連太郎さんがゲストに来てくれました。若い頃は気難しい方という印象がありましたが、年を重ねてからは好々爺といった感じで、いつもニコニコされていましてね。上映前日にハイヤーで送迎しますと伝えると、運転手のためにご自宅近辺の地図を書いてくださり、「表札は佐藤ですから」と事もなげに言われました。映画界が誇る大スターですからね。運転手に地図を渡していいものか戸惑いましたよ(笑)。
『昭和残侠伝』の上映では池部良さんがお見えになる予定でしたが、体調不良でキャンセルとなり、東映で助監督を務めた澤井信一郎監督が登壇し、製作の裏話をしてくださいました。
 
————WORLD CINEMAは、いま振り返れば大変豪華なラインナップでした。
森岡:いまや国際映画祭の花形となった監督たちの作品が集まっていますね。1969年生まれのスティーブ・マックィーン監督の『ハンガー』、アブデラティフ・ケシシュ監督の『クスクス粒の秘密』、ホセ・ルイス・ゲリン監督の『シルヴィアのいる街で』、マッテオ・ガローネ監督の『ゴモラ』などです。皆さん、国際的に注目を集めるきっかけになった作品が揃っていました。
 
————依田チェアマンとなって初めての開催で、特別招待作品にも力が入ったのではありませんか?
森岡:オープニング上映の『レッドクリフ』では、監督や出演者を始め12名が駆けつけてくれました。ジョン・ウー監督、トニー・レオン、金城武、リン・チーリン、ヴィッキー・チャオ、チャン・チェンなど錚々たる面々です。
また、『ブラインドネス』(日本・ブラジル・カナダ)も上映され、フェルナンド・メイレレス監督、ジュリアン・ムーア、木村佳乃、伊勢谷友介が来てくれました。ハリウッドや中華圏の大スターが集まり、グリーンカーペットは大盛況でした。
連載企画第10回

©2008 TIFF
麻生首相(当時)も駆けつけたオープニングイベント・グリーンカーペット

 
————マーケットも好評だったそうですね。
森岡:六本木ヒルズの40 階フロアを借り切って「TIFFCOM 2008」を開催しましたが、この頃になるとアジア映画をたくさん上映していることもあって、アジア人の姿がマーケットでもだいぶ目立つようになりました。3日間の開催で、述べ来場者数が前年比16.5%増の19,843人と大いに賑わいました。
 
 
アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督を審査委員長に迎え、『ザ・コーヴ』問題で揺れた第22回
 
————第22回映画祭は2009年に開催されました。この年は民主党の圧勝による政権交代、裁判員制度が始まるなど国内で大きな動きがあった一年でした。
森岡:WBCで日本が2連覇し、ヤンキースの松井秀喜選手が日本人初のワールド・シリーズMVPに選ばれるなど、野球界も大いに活気づいていました。
 
————忌野清志郎さん、マイケル・ジャクソンさんといった、第一線で活躍するミュージシャンが亡くなり、ファンは悲しみに包まれました。
森岡:清志郎さんが出た『サヨナラCOLOR』は、かつて映画祭でも上映しましたね(第17回「日本映画・ある視点部門」)。マイケル・ジャクソンはさすがにTIFFとは縁がなかったけど、おふたりとも若いのに大変残念なことでした。オールド・ファンにとっては、森繁久彌、千原しのぶといった映画黄金期のスターが鬼籍に入られたのは残念なことでした。そういえば、映画評論の大御所、双葉十三郎さんが亡くなったのもこの年でしたね。
 
————世の動きと連動するように、映画祭も大きな動きがありました。
森岡:TIFFCOMは東京アジア・パシフィック・エンターテイメント・マーケットの一部門でしたが、昨年盛況だったことを受けて、この年からひとり歩きし始めました。でも何と言っても、これまでお世話になった渋谷地区を離れ、この年から六本木単独開催になったことが最大の特色でしょうね。開催時の事務局を六本木に一本化し、上映館とマーケットを近い場所で開催できたので、交通費の節約、人員の負担軽減ができたのは我々スタッフにとって好都合でしたが…。
 
————第20回ではコンペの応募総数は72の国と地域から690本でした。第22回では、81の国と地域から743本が寄せられました。
森岡:フィルムからデジタルへ、ビデオからDVDへという移行が世界規模でなされた結果、応募し易くなったのでしょう。当初40カ国、450本程度の応募でしたから年々増加傾向にありますね。それにしても大変な数で、いま映画祭でかかる作品は、これだけの応募本数から選ばれるのだから、昔よりもいい作品が増えたと思いたいですね(笑)。
 
————コンペ参加作では、この頃から映画祭や日本映画へのリスペクトも多くなりました。
森岡:『ロード、ムービー』のデーヴ・ベネガル監督は、第12回のシネマプリズム部門で『スプリット・ワイド・オープン〜褐色の町』が上映されています。このとき知り合ったプロデューサーと作った新作が、『ロード、ムービー』でした。だからTIFFが縁結びした作品を、出品してくれたことになります。
『ニューヨーク、狼たちの野望』(TIFFタイトル『NYスタテンアイランド物語』)のジェームズ・デモナコ監督は、市川準監督『トニー滝谷』(05)のゆったりした物語展開に影響を受けたそうですね。
また、『エイト・タイムズ・アップ』は、日本のことわざ「七転び八起き」からタイトルを取ったとのことでした。映画祭を通じて作品が生まれたり、現代の日本映画や文化をリスペクトする人たちが現れたりするのは有り難いことです。
 
————『見まちがう人たち』(チリ・ポルトガル・フランス)、『ボリビア南方の地区にて』(ボリビア)、『ダークハウス/暗い家』(ポーランド)など、他にも意欲溢れる作品が揃っていましたが。
森岡:受賞作は、日本では大変珍しいブルガリアの映画『ソフィアの夜明け』(TIFFタイトル『イースタン・プレイ』)でした。カメン・カレフが監督賞、いまは亡きクリスト・クリストフさんが主演男優賞と三冠を獲得しました。主演女優賞は『エイト・タイムズ・アップ』のジュリー・ガイエさんが受賞されました。連載第3回でも触れましたが、『マニラ・スカイ』のレイモンド・レッド監督との久方ぶりの再会に感激しました。
連載企画第10回  連載企画第10回

©2009 TIFF
写真左:『ソフィアの夜明け』カメン・カレフ監督(左)とプロデューサーのステファン・ピリョフさん(右)
写真右:『エイト・タイムズ・アップ』ジュリー・ガイエさん

 
————「アジアの風」の作品賞は、『冬の小鳥』(TIFFタイトル『旅人』)に贈られました。
森岡:ウニー・ルコント監督が自身の半生を映画化したもので、孤児院に捨てられた韓国の女の子が、フランスに引き取られて大人になるまでを描く成長物語です。第19回TIFFで審査委員になったイ・チャンドン監督がプロデュースした作品で、この受賞がきっかけとなり翌年には岩波ホールで封切り上映されました。
 
————ヤスミン・アフマド監督が51歳の若さで急逝され、上映会場は涙に包まれました。
森岡:春に完成した『タレンタイム』が残念なことに遺作となってしまいました。開幕3か月前の出来事であり、映画祭での上映が東京での追悼上映会となりました。映画祭では、特別功労賞を授与してその栄誉を称えました。
連載企画第10回

©2009 TIFF
ホー・ユーハン監督(左)、ヤスミン・アフマド監督の実妹オーキッド・アフマドさん(中央)、音楽監督のピート・テオさん(右)をお招きした追悼上映。
上映時のニュースはコチラ(第22回/2009TIFFページ)

 
————「日本映画・ある視点」では若い才能が火花を散らしました。
森岡:前年は大林宣彦、林海象、市川準といったキャリアのある監督が名を連ねたけど、この年は石井裕也、松江哲明などフレッシュな監督たちが注目を集めましたね。受賞したのは松江監督の『ライブテープ』で、この後、監督は映画祭の常連監督として矢継ぎ早に『トーキョードリフター』『フラッシュバックメモリーズ 3D』と作品を発表します。
連載企画第10回

©2009 TIFF
松江哲明監督

 
————「WORLD CINEMA」では今回コンペ審査委員を務めたイエジー・スコリモフスキ監督のレトロスペクティブと、メキシコの若き鬼才カルロス・レイガダス監督の特集が開催されました。
森岡:スコリモフスキは前年の審査員特別賞受賞作『アンナと過ごした4日間』がロードショー公開されるタイミングで、配給元マーメイドフィルムの村田信男さんがアテンドしていました。日本びいきで大の日本酒好きとあって、監督はよく来日してくださいますが、このときは「60年代傑作選」と題して『不戦勝』(1965)、『バリエラ』(1966)などを上映しました。レイガダスはカンヌの常連で、矢田部PDがその才能を高く評価していることから力を入れていました。
 
————特別招待作品では、『アバター』のスペシャル・プレゼンテーションが開催されました。
森岡:『タイタニック』以来となる、ジェームズ・キャメロン最新作のフッテージ映像の上映に会場は沸き立ちました。上映に併せて、グリーンカーペットにはシガーニー・ウェーバー、サム・ワーシントン、ゾーイ・サルダナが駆けつけてくれて、華を添えました。
 
————ドキュメンタリー映画『E.YAZAWA ROCK』が上映され、矢沢永吉さんも映画祭にお見えになりましたね。
森岡:矢沢さんが登壇されるとあって、警備担当者は大わらわでした。劇場ではコンサート会場的な掛け声の禁止や、「物を投げないで」といった異例の注意を徹底させました。矢沢さんはライブでは動き回っているけれど、こうした場ではどこに手を置いたらいいかもわからないと、照れ臭そうにしていました。
 
————この年は『ザ・コーヴ』問題で揺れました。
森岡:和歌山県でやっている伝統的なイルカ追い込み漁を博愛主義の立場から糾弾した作品でした。題材はともかく、周辺住民を隠し撮りしたり、映画の趣旨を伝えずに専門家のインタビューをとったりと、公平性を欠く内容なので選外としたのですが、日本の恥部を晒すものだから落としたと訝った製作サイドが、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ審査委員長に働きかけ抗議を申し入れてきました。その結果、映画祭として特別枠を設けて上映したのです。この経緯は話題となり、映画祭での上映を疑問視する声もあがりましたが、あえて断行しました。上映会場では特に混乱は起きず、上映後のティーチ・インも通常どおり開催されました。
 
————イニャリトゥはかなり精力的に審査してくれたようですね。
森岡:『ザ・コーヴ』をめぐって激しいやりとりがありましたが、その分、依田チェアマンとも仲良くなって、映画祭に尽くしてくれました。
連載企画第10回

©2009 TIFF
審査委員長を務めたアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督

 
 
新藤兼人監督の『一枚のハガキ』が審査員特別賞を受賞した第23回
 
————第23回は2010年の開催です。この年は参議院で民主党が票を伸ばすことができず、しばらくねじれ国会が続くことになります。この年、中国がGDPで日本を追い抜き、世界第2位の経済国家になっています。一方で、尖閣諸島など、これまで日本の海域といわれてきた地域で、摩擦が生じるようになりました。
森岡:明るい話題としては、小惑星探査機「はやぶさ」が地球に無事帰還し、金星探査機「あかつき」が金星に到着するなど、日本の宇宙技術が世界の話題になりました。バンクーバー冬季オリンピックが開催されたのもこの年ですね。
 
————映画祭は依田チェアマン3年目の年でした。
森岡:ホップ、ステップと来て、いよいよジャンプの年ですね。依田さんは本年を「未来への持続の第一歩」と位置づけていました。リンケージ、高品質、チャンス、イノヴェイティブという4つの理念を掲げ、未来志向を提唱したのです。オープニング作は『ソーシャル・ネットワーク』で、主演のジェシー・アイゼンバーグと脚本家のアーロン・ソーキンがオープニングに駆けつけてくれました。
 
————コンペは応募数832本の中から15本が選ばれました。カズオ・イシグロの小説を映画化した『わたしを離さないで』、グレアム・グリーンの小説を映画化した『ブライトン・ロック』、佐藤泰志の小説を映画化した『海炭市叙景』など著名作家の原作からなる作品が多くありました。
森岡:『サラの鍵』もフランスでベストセラーになった小説で、翻訳が出ています。小説を映画化した作品は珍しくありませんが、著名作家や話題作の映画化作品がこれだけコンペに集まったのは珍しいでしょうね。
 
————グランプリは連載第8回で触れたとおり、ニル・ベルグマン監督が2度目の快挙に輝きました。
森岡:第15回(02)に『ブロークン・ウイング』でグランプリを受賞したベルグマン監督が、8年ぶりの新作『僕の心の奥の文法』で2度目のグランプリに輝きました。これは現代イスラエルを代表する作家デイヴィッド・グロスマンの小説を映画化した作品で、12歳で成長が止まった男の子を主人公に、思春期の心の揺れを寓意的に描いた作品です。グロスマンはノーベル賞候補になったこともある作家で、パレスチナとの和平問題を描いたノンフィクションが翻訳されていますね。
 
————新藤兼人監督が『一枚のハガキ』でコンペに初参加してくれたのも、嬉しいことでした。
森岡:映画プロデューサー協会を通して新藤次郎プロデューサーとは親しくしていましたし、新藤監督とも面識があったことから、この作品の出品を強くお願いしました。配給会社は翌夏に公開する予定で、宣伝の冷却期間ができると乗り気じゃなかったのですが、息子の次郎さんが監督に話を通してくれて、「海外行きは体力的に無理だけど、日本ならいいだろう」とOKをもらいました。ご本人の同意をいただけたので配給会社も最後には了承してくれました。
連載企画第10回

©2010 TIFF
登壇した新藤兼人監督

 
————結果的に『一枚のハガキ』は審査員特別賞を受賞されましたね。キネ旬や、毎日映画コンクールでも第1位に輝きました。
森岡:TIFFの場でこの映画を上映出来たことは、ほんとうに良かったと思います。昨年(2013)に新藤監督の100歳を祝う会が開かれて、このときお目にかかったのが最後でした。「皆さんと会うのはこれが最後になるでしょう。ありがとう。さよなら」と、はっきりした声で挨拶されましたが、その1か月後にお亡くなりになりました。
 
————コンペ審査委員長のニール・ジョーダン監督は、16歳のとき、ダブリンで新藤作品を観て感激されたそうですね。子どもの頃に観た監督の最新作が上映されるとあって、期待と不安でいっぱいだったそうです。
森岡:見終わった後は満足されていたようでした。ジョーダン監督は第1回(1985)で来日しています。35歳のとき、『狼の血族』がヤングシネマ・コンペティションに選ばれました。来日時に撮られた貴重なスナップが今も事務局に残っています。その後もキャンペーンで来日したことがあり、今回が4度目の来日とのことでした。
連載企画第10回  連載企画第10回

©1985 TIFF, ©2010 TIFF
左は1985年のニール・ジョーダン監督、右が2010年審査委員長で来日時

 
————この年の「アジアの風」はなんと40本の作品を上映していますね。『モンガに散る』『台北カフェ・ストーリー』など、その後、封切り公開された人気作もありました。
森岡:「アジア中東パノラマ」「台湾電影ルネッサンス2010」「躍進トルコ映画の旗手レハ・エルデム監督全集」「生誕70年記念〜ブルース・リーから未来へ」「ディスカバー亜州電影 生誕100年記念〜KUROSAWA魂in アジア中東」と盛り沢山の特集を組みました。
最後の特集など面白いですね。『七人の侍』が『荒野の七人』や『荒野の用心棒』にリメイクされたのは知られていますが、実はアジアでも黒澤作品はインスピレーションの源となっていて、さまざまな作品が作られています。そうした作品を集めて上映しました。生誕100年をこうしたかたちで祝える監督は、海外でもそう多くないと思います。さすが黒澤明です。
 
————最優秀アジア映画賞は韓国インディーズ、シン・スウォン〔申秀媛〕監督の『虹』が受賞しました。
森岡:映画を撮りたいけど撮れないジレンマをユーモアで包んだ作品でしたね。
 
————「日本映画・ある視点」では、前年度のグランプリを獲得したカメン・カレフ監督を審査委員にお迎えしました。
森岡:『ソフィアの夜明け』がロードショー公開されて、その宣伝を含めての来日でした。日本の若い監督の作品を海外の映画人に見せるのは大切なことです。カレフ監督もちゃんと審査してくれましたよ。
 
————ここで受賞したのが『歓待』でした。
森岡:1980年生まれの深田晃司監督が見事、作品賞を受賞されましたね。『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』の瀬田なつき監督は1979年生まれ。PFFグランプリ作『あんたの家』の山川公平監督は1982年生まれで、前年に続いて30歳前後の若い監督が鮮やかな印象を残しました。
連載企画第10回

©2010 TIFF
深田晃司監督

 
————WORLD CINEMAではクロード・シャブロル監督の遺作『刑事ベラミー』が緊急追悼上映されました。前年にジャック・リヴェット監督『ジェーン・バーキンのサーカス・ストーリー』(TIFFタイトル『小さな山のまわりで』)が上映されていて、2年連続してヌーヴェルヴァーグの監督の作品が上映されたことになりますね。
森岡:シネコンが定着して、ミニシアター文化が衰退してきて、2011年にはシネセゾン渋谷と恵比寿ガーデンシネマの閉館が決まっていました。そうした中で以前なら必ず公開されていた有名監督の作品が日本に入りにくくなっていました。大きなスクリーンで公開されず、DVDスルーになってしまう作品が多いのは残念ですね。
 
————特別招待枠では2009年(第22回TIFF)の『アバター』に続いて、『トロン:レガシー3D』のスペシャル・プレゼンテーションが開催されました。
森岡:主演のオリヴィア・ワイルド、ギャレッド・ヘドランドがグリーンカーペットに駆けつけてくれました。『しあわせの雨傘』に出演したカトリーヌ・ドヌーブも貫禄ある姿を披露してくれました。
連載企画第10回

©2010 TIFF

 
 

取材 東京国際映画祭事務局宣伝広報制作チーム
インタビュー構成 赤塚成人

 
今回のお話しの過去TIFF詳細はポスター画像をクリック!
(TIFFヒストリーサイトへリンクします)
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第21回(2008)  第22回(2009)   第23回(2010)
 
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第26回 東京国際映画祭(2013年度)